2010年12月13日月曜日

15-1 骨度正誤圖説

15-1『骨度正誤圖説』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『骨度正誤圖説』(コ―67)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』15所収


骨度正誤序
盖醫之術大也人之死生係焉而其疾
病多端詳察其症以為之治或藥餌𢦙  「𢦙」は「或」の異体字。B領域。
針砭或灸艾或按摩各通其一科用以
取驗此之謂醫也
國家升平百有餘年豪傑并起夫人專
門不乏其術唯經絡骨度惟難嚮水野
  一ウラ
壹州公出村上宗占所著書示不佞且
命序不佞熟讀其書錯綜諸說參考百
家正其違刊其謬間加己意以發千載
不言之妙於是乎經絡之理骨度之法
瞭然明于今不佞箕裘之業自結髪時
講求經絡骨度嘗有大疑於是書乎大
疑頓解嗚呼宗占之術可謂勤矣別有
  二オモテ
二火一得評其言亦可觀也水野公寬
弘君子宗占屢遊公門則宗占之為人
亦可知也不佞雖未知宗占是以序云
延享二歳次乙丑臘月
  江都 官醫 井上雅貴撰




  【訓み下し】
骨度正誤序
蓋し醫の術は大なり。人の死生は焉(ここ)に係る。而して其の疾
病は多端なり。詳しく其の症を察して、以て之が為に治するに、或いは藥餌し、或いは
針砭し、或いは灸艾し、或いは按摩す。各々其の一科に通じて、用いて以て
驗を取る。此れを之れ醫と謂うなり。
國家は升平にして、百有餘年、豪傑并びて起こる。夫(か)の人、專
門に其の術に乏しからず。唯だ經絡骨度のみ、惟(おも)うに難し。嚮(さき)に水野
  一ウラ
壹州公、村上宗占著す所の書を出して不佞に示し、且つ
序を命ず。不佞、其の書を熟讀するに、諸説を錯綜し、百
家を參考し、其の違を正し、其の謬を刊(ただ)し、間ま己が意を加え、以て千載
不言の妙を發す。是(ここ)に於いて經絡の理、骨度の法、
瞭然として今に明らけし。不佞、箕裘の業に、結髪の時自(よ)り
經絡、骨度を講求し、嘗て大疑有り。是の書に於いて大
疑頓解す。嗚呼(ああ)、宗占の術、勤めたりと謂(い)っつ可し。別に
  二オモテ
二火一得評有り。其の言も亦た觀る可し。水野公は寬
弘君子なり。宗占屢(しば)々公の門に遊ぶ。則ち宗占の為人(ひととなり)も
亦た知る可し。不佞、未だ宗占を知らずと雖も、是を以て序すと云う。
延享二歳次乙丑臘月
  江都 官醫 井上雅貴撰


  【注釋】
○升平:太平。 ○百有餘年:延享二年(一七四四)は、江戸時代のはじめより、百年以上の時をへる。 ○水野壹州公:若年寄、水野壱岐守忠定(元禄四年/一六九一~寛延元年/一七四八)。
  一ウラ
○村上宗占:宗占は土浦藩医員で、名は親方(ちかまさ)、字が宗占、号は一得子(いっとくし)。本書(『骨度正誤圖説』)はさきに宗占が著した『兪穴弁解』を補完する目的で編まれたもの。(『日本漢方典籍辞典』) ○不佞:自分を謙遜していう。不才。佞は「才」の意。 ○錯綜:多くの資料を縦横に運用にして綜合する。『漢書』卷一百敘傳下:「錯綜群言、古今是經、勒成一家、大略孔明。」 ○百家:多数の人。各種の流派。 ○刊謬:書物の誤りをなおす。校正する。 ○千載:千年。長い時間の比喩。 ○瞭然:明瞭。はっきりとしたさま。 ○箕裘之業:父親の職業。 ○結髪:元服。二十歳。 ○講求:研究する。 ○頓解:頓悟。一瞬にして真理をさとる。 ○勤:周到である。心力を尽くしている。 
  二オモテ
○二火一得評:鳥海廣通(湛齋)『二火一得』(寛保三/一七四三年刊)を評したものか。 ○寬弘:心がひろく、包容力がある人。 ○延享二歳次乙丑:一七四四年。 ○臘月:旧暦十二月。 ○江都:江戸。 ○官醫:幕府の医師。 ○井上雅貴:『寛政重修諸家譜』卷千五百五(第二十二冊の三四三頁)「井上方正(かたまさ)。俊良。交泰院。法眼。法印。……寛保元年(一七四一)……法眼に叙し、三年……奥醫となり、延享二年(一七四五)九月朔日より西城に勤仕す。……寛延元年(一七四八)……法印に叙し、……三年……御匙となる。……明和元年……死す。年六十六。法名俊良。」






骨度正誤自序
夫氣血者譬如流水也經絡者猶堤坊之
在河水也是以流水為物妨礙則妄行氾
濫以遂失其性也矣人之經絡為邪壅塞
則氣血為之不行而疾病立至焉欲治之
者能視其通塞因其正道而考其經絡究
其兪穴於斯也鍼灸湯液施其宜豈可不
九折相愼乎故伯仁曰不明經絡則不知
邪之所在信哉此言也今也考究經絡兪
  三ウラ
穴者或有焉或無焉奚得其眞乎葢兪穴
之正道在骨度骨度一差則穴處無不差
而穴處差則灸刺非徒無益且施害於人
也必矣故聖人立骨度之法以垂教於後
世實不易之法也向來經絡之書灸刺之
法積為卷數周行于世家喩戸曉其有功
於學者亦不少焉然未合經旨者間在矣
或曰視此書大凡的張介賓而議汝曾有
讎于張氏歟抑按景岳者明朝醫家之孤
  四オモテ
霍德高才智豐而天下顯名之人也合靈
素二經之類照己之見識著二經之註間
啓發蘊奧矣其功績至大哉舉世而賞焉
後學講二經者多賴於類經也汝今舉張
氏之說以為非而議者恐闊人之情而不
可也予應之曰雖智者亦不能無一失也
凡是為是非為非者天下之通論也葢按
類經附翼心主三焦命門辨其下者是之
高者非之又圖翼謂背兪篇俠脊寸法形
  四ウラ
志篇草度之法象胸腹骨度之折法肩至
肘骨度之註倶皆非經旨也雖然舉世以
為博識敏達故不正其非而是之信之者
衆矣余曾嘆其以繆傳誤故為吾子第著
此書名曰骨度正誤圖說不敢有仇於張
氏不得已也篇末草度之法象別以國字
和解而便於初學童蒙云爾
延享元年甲子十一月冬至日
    村上親方宗占自敘




  【訓み下し】
骨度正誤自序
夫れ氣血は、譬えば流水の如し。經絡は、猶お堤坊の
河水に在るがごとくなり。是(ここ)を以て流水、物の為めに妨礙するときは、妄行氾
濫して以て遂に其の性を失す。人の經絡、邪の為に壅塞するときは、
氣血、之が為に行かずして、疾病立ちどころに至る。之を治せんと欲する
者は、能く其の通塞を視て、其の正道に因って、而して其の經絡を考え、
其の兪穴を究して、斯に於いて、鍼灸・湯液、其の宜しきを施す。豈に
九たび折って相い愼まざる可けんんや。故に伯仁の曰く、經絡に明らかならざれば、
邪の在る所を知らず、と。信なるかな、此の言。今や經絡・兪
  三ウラ
穴を考え究むる者、或いは有り、或いは無し。奚(いず)くんぞ其の眞を得んや。蓋し兪穴
の正道は、骨度に在り。骨度一たび差(たが)えば、穴處差わざる無く、
穴處差えば、灸刺徒(ただ)に益無きのみに非ず、且つ害を人に施す
や必せり。故に聖人、骨度の法を立て、以て教えを後
世に垂る。實に不易の法なり。向來、經絡の書、灸刺の
法、積んで卷數を為し、周(あまね)く世に行わる。家々喩し戸ごとに曉す。其の
學者に功有ること、亦た少からず。然れども未だ經旨に合わざる者、間ま在り。
或るひと曰く、此の書を視るに、大凡そ張介賓を的して議するは、汝曾て
張氏に讎有るか。抑々(そもそも)按ずるに、景岳は、明朝の醫家の孤
  四オモテ
霍、德高く、才智豐かにして、天下顯名の人なり。靈
素二經の類を合して、己の見識を照し、二經の註を著し、間ま
蘊奧を啓發す。其の功績至大なるかな。世を舉げて賞す。
後學、二經を講ずる者多く類經に頼れり。汝、今ま張
氏の説を舉げて以て非と為して議する者は、恐らくは人の情に闊(うと)くて、不
可なり、と。予、之に應じて曰く、智者と雖も亦た一失無きこと能わず。
凡そ是を是と為し、非を非と為すは、天下の通論なり。蓋し按ずるに、
類經附翼、心主・三焦・命門辨、其の下(ひく)き者は、之を是とし、
高き者は之を非とす。又た圖翼謂える背兪篇俠脊寸法、形
  四ウラ
志篇草度の法象、胸腹骨度の折法、肩より
肘に至る骨度の註、倶に皆な經旨に非ざるなり。然ると雖も世を舉げて以て
博識敏達と為す。故に其の非を正さずして、之を是(ぜ)とし、之を信ずる者
衆(おお)し。余曾つて嘆ず。其の繆を以て誤を傳う。故に吾が子第の為に
此の書を著す。名づけて骨度正誤圖説と曰う。敢えて張氏に仇有らず。
已むことを得ざるなり。篇末、草度の法象、別に國字を以て
和解(わげ)して、初學童蒙に便りとす、と云爾(しかいう)。
延享元年甲子十一月冬至日
    村上親方宗占自敘


 【注釋】
○堤坊:堤防。 ○妨礙:妨害。 ○九折:何度も臂を折って、いろいろな治療方法を経験して、みずから良医となること。のちに、多くの経験を積むことの比喩となる。『楚辭』屈原・九章・惜誦:「九折臂而成醫兮、吾至今而知其信然。」 ○伯仁:滑壽。字は伯仁。引用文は、『十四經發揮』自序。 
  三ウラ
○向來:従来。 ○家喩戸曉:どの家でもみな知っている。事情や名声がきわめて広く流布していることの形容。 ○的:まとにする。標的にする。 ○張介賓:下文にあるように『類經』『類經圖翼』『類經附翼』等を著し、日本にも大きな影響を及ぼした。 ○讎:仇。うらみ。 ○景岳:張介賓の號。 ○孤霍:孤鶴。特にすぐれて高潔なひと。
  四オモテ
○顯名:名前の知れ渡った。 ○靈素:『靈樞』と『素問』。 ○啓發:導いてさとらせる。 ○蘊奧:学問の奥義。 ○後學:後進の学者。 ○二經:『靈樞』と『素問』。 ○闊:実体にそぐわない。 ○智者亦不能無一失:聡明な人は、問題に対して熟慮するとしても、たまには誤りをおかしてしまう。『史記』卷九十二・淮陰侯傳:「智者千慮、必有一失。愚者千慮、必有一得。」 ○類經附翼心主三焦命門辨:『類經附翼』卷三・三焦包絡命門辨。 ○圖翼謂背兪篇俠脊寸法:本文「十三、背兪寸方辨不同」、「二十、背兪篇俠脊辨」を参照。 
  四ウラ
○形志篇草度之法象:本文「十五、血氣形志篇草度之方解」、「十九、張介賓草度方解」を参照。 ○胸腹骨度之折法:本文「五」以下を参照。 ○肩至肘骨度之註:本文「八」を参照。 ○博識:見聞が広く、学識が豊富。 ○敏達:敏捷で道理をわきまえている。 ○繆:錯誤。通「謬」。 ○子第:子弟。 ○不敢:好きこのんでするわけではない。 ○和解:わげ。日本語による解説。 ○初學:学習を始めたばかりで学問の造詣が浅いひと。 ○童蒙:年少で無知な児童。 ○云爾:文末に置かれ、言い切りの語気を表す。 ○延享元年甲子:一七四四年。 ○村上親方宗占:前序を参照。






骨度正誤跋
醫民命所係任重業博為其術内經為本方藥為
末病論定而治療立本末明而治療施譬諸大匠
作于廣廈堂宇規矩準繩得心應手無施而不可
也故醫國濟天下之名也漢唐之間諸名家出而
從内經有不失其義者矣歷世到今日醫家者流
勃然于世立功爭名診候之務摩頂放踵無不盡
惟方是求惟治是求葢治療之要雖在于方藥捨
本務末雖多奚為乎同寮宗占平素讀内經精力
過絕人遂得其旨統嘗著骨度正誤又素問血氣
  五ウラ
形志篇草度之文簡約而旨意深淵讀者難焉類
經草度解雖張氏聰惠辨博未盡焉於是乎草度
之方象出圖而書於所得以辨解之大發明經旨
無餘蘊矣使學者易曉指掌粲目也發先輩之所
未發也誠不朽之確言也嗚呼經之蘊奧非闇記
研究日久豈可其得乎骨度正誤形志篇草度方
解合而著之發張氏之未備而遂成一家言者也
寶曆二年壬申五月七日與忠廣玄伸書于東都
茅坡園


  【訓み下し】
骨度正誤跋
醫は民と命の係る所、任重く、業博し。其の術為(た)る、内經を本と為し、方藥を
末と為す。病論定まって治療立ち、本末明らかにして治療施す。諸(これ)を大匠の
廣廈堂宇を作るに譬う。規矩準繩、心に得て手に應ず。施すとして不可無し。
故に國を醫(いや)し、天下を濟(すく)うの名あり。漢唐の間、諸名家出でて、
内經に從って其の義を失わざる者有り。世を歴(へ)て今日に到り、醫家者流、
世に勃然として功を立て、名を爭う。診候の務むる、頂きを摩して踵(くびす)に放(いた)るまで、盡さざる無く、
惟(た)だ方是れ求め、惟だ治是れ求む。蓋し治療の要、方藥に在りと雖も、
本を捨てて末を務む。多しと雖も、奚(なに)をか為さんや。同寮宗占、平素、内經を讀む。精力、
人に過絶す。遂に其の旨統を得たり。嘗て骨度正誤を著す。又た素問血氣
  五ウラ
形志篇、草度の文簡約にして旨意深淵、讀む者焉(これ)を難(かた)んず。類
經草度の解、張氏聰惠辨博と雖も、未だ盡くさず。是(ここ)に於いて草度
の方象、圖を出だして、得る所を書して、以て之を辨解す。大いに經旨を發明して
餘蘊無し。學者をして曉し易く、掌(たなごころ)を指すがごとく目を粲たらしむ。先輩の
未だ發せざる所を發す。誠に不朽の確言なり。嗚呼(ああ)、經の蘊奧、闇記
研究、日久しきに非ずんば、豈に其れ得可けんや。骨度正誤、形志篇草度、方
解合せて、之を著す。張氏が未だ備わらざるを發して、遂に一家の言を成す者なり。
寶曆二年壬申五月七日、與忠廣玄伸、東都
茅坡園に書す。


 【注釋】
○醫民命所係任重:明・虞摶『醫學正傳』序「夫醫之為道、民命死生所繫、其責不為不重(夫れ醫の道為(た)るや、民命死生の繫(かか)る所、其の責として重からずと為さず)。」 ○大匠:高度な技術をもった工匠。『孟子』告子上:「大匠誨人、必以規矩。學者亦必以規矩(大匠の人を誨うること、必ず規矩を以てす。學ぶ者も亦必ず規矩を以てす)。」 ○廣廈:広大な建物。 ○堂宇:殿堂。 ○規矩準繩:圓・方・平・直などを製作測量するための器具。一定の基準となるものの比喩。『孟子』離婁上:「聖人既竭目力焉、繼之以規矩準繩、以為方員平直(聖人既に目力を竭くし、之に繼ぐに規矩準繩を以てし、方員(圓)平直を為なす)。」 ○得心應手:心に思うことを、手がその通りに動く。『莊子』天道:「不徐不疾、得之於手、而應於心。」何事も順調にいくことの比喩。 ○無施而不可:施術すればいつもよい結果が得られる。 ○勃然:興起する、奮い立つさま。 ○立功:功績を立てる。 ○爭名:名声を争う。 ○摩頂放踵:頭から足まで全身に傷を負う。身を捨てて世を救うに労苦を惜しまないことのたとえ。『孟子』盡心上:「墨子兼愛、摩頂放踵、利天下為之(墨子は兼ね愛す。 頂を摩して 踵までに放るまで、 天下を利するは、之を為す。」 ○惟方是求、惟治是求:「求方(方を求む)」「求治(治を求む)」の強調形。 ○捨本務末:『傷寒論』張仲景序「祟飾其末、忽棄其本(其の末を祟飾し、其の本を忽棄す)。」 ○同寮:同僚。 ○平素:日頃から。 ○過絕:超越する。 ○旨統:趣旨の系統。思想体系。
  五ウラ
○旨意:主旨。 ○難:かたしとす。むずかしいと思う。 ○聰惠:聰慧。聡明で智恵が抜きんでている。 ○辨博:辯博。学識が広いこと。 ○發明:前人の知らない意を創造的に明らかにする。 ○餘蘊:のこり。残余。 ○曉:知る。 ○指掌:自分のてのひらを指さす。きわめて明白で理解しやすいことのたとえ。 ○粲:あきらか、はっきりさせる。 ○發:啓発する。明らかにする。 ○確言:はっきりと自信を持って言い切った言葉。 ○蘊奧:学問の奥義。 ○闇記:暗記。 ○寶曆二年壬申:一七五二年。 ○與忠廣玄伸:未詳。同僚であるので、土浦藩医であろう。 ○茅坡園:

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